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観劇感想&春をみつけた
2025年4月2日 - 金堀重機ブログ その他

こんにちは。金堀重機の斎藤です♪

3月30日、弊社社長が実行委員長として携わっております、「感動産業」を創出する次世代育成事業実行委員会の活動のひとつ、

現代版組踊「息吹~南山義民喜四郎伝」を子どもたちといっしょに風雅堂へ観に行きました。

今日はその感想を長々と書きつらねてみますので、お時間ある方は、どうぞご覧ください!笑

どんなにまっすぐ、愚直なほど真面目に生きていても、ときにはどうすることもできない状況に陥ることがある。そんなときこそ、己の力が試される。そんな力を、「人間力」というのではないだろうか。
一時期、親ガチャという語が流行った。産まれ落ちる場所は選べない。それは人間だけではない。たんぽぽの綿毛が風にのって旅をし、やがて地に落ちる。その落ちた先が、川の激流とも、アスファルトのひび割れの、わずかな隙間にろうとも、だれも知る由がない。運良くのどかな野原にたどり着いたとしても、その野原さえ、いつかコンクリートで埋め立てられ、駐車場にされてしまうかもしれない。それを私たちは宿命と呼ぶ。
1675年、舞台の主人公である小栗山喜四郎は、会津南山御蔵入領の百姓の子として生を受けた。当時、度重なる年貢の取り立てに喘いでいた人々は、ただいたずらに苦しい生活を送っていただけではない。
1720年、現状をどうにかして変えようと、南山御蔵入領の領民約800人で田島の代官所を取り囲んだ。それは約三年にも及んだが、まったく取り合ってもらえなかった。喜四郎は47歳になっていた。
この舞台を演じているのは、小学生から高校生たち。史実の喜四郎は人生50年といわれた江戸時代では、壮年期から老年期にさしかかっているといえるが、喜四郎をはじめ、郷土のために志をひとつにして立ち上がった仲間たち、喜怒哀楽を表現するキャストたちはみな、みずみずしい輝きを放っていた。


舞台を見て考えさせられたことはたくさんある。まずひとつに、それぞれの義は異なるということ。舞台は戊辰戦争の場面を織り交ぜながらすすんでいくが、新政府軍も、幕府側の者たちも、それぞれの義のもとに戦っているのであり、どちらにとっても正義を勝ち取るための闘いといえる。喜四郎たちは苦しむ同郷の民のために、喜四郎たちにとっては憎き存在の代官も、幕府への忠義のために最善を尽くそうとしている。
次に、肉体は死んでも魂は生きるという台詞について。飢饉にさらされることも、戦によってとつぜん命を奪われることもない現代において、生も死も希薄になっている。何も考えず、ただのらりくらりと生きていくこともできるが、それだけでは、人生はあまりにも味気ない。せっかくこの世に生を受けたのであるから、命の使い方をもっと真剣に考えるべきだと思う。

最後に、この公演をもって卒業する劇団生が現代版組踊の活動を通して培ったという「できないことをできるにかえる人間力」という言葉が印象に残った。そして、この言葉を思い出した。

  宿命に生まれ、運命に挑み、使命に燃える

故小渕恵三元総理大臣の言葉である。2000年の九州・沖縄サミット首脳会合の会場になった万国津梁館に掲げられている。奇しくもこの舞台のタイトルになっている現代版組踊の「組踊」というのは、沖縄の伝統芸能のこと。会津の風雅堂に吹いた一陣の南国の風が、私にそれを思い出させてくれたのだろうか。私も、あきらめることなく、運命に挑み、使命に燃えながら生きていきたい。今日の舞台をとなりで一緒に観たわが子たちにも、いつか想いが伝わったらうれしい。

さて、ここからは、斎藤がみつけた春を紹介するコーナー🌱

日当たりの良い田んぼのあぜ道に顔を出していた つくし ♪

春蘭(しゅんらん)のつぼみ

お城のお濠ぞいの桜のつぼみ

あいおいコープ近くの自在院の梅

遠くの夕焼け(だいぶ日が長くなりましたね)

今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました♪

 

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