Home > 金堀重機ブログ > 金堀重機ブログ , その他 > 対談コーナー♪その1
こんにちは。金堀重機の斎藤です♪前回おしらせしましたとおり、わたくし、見ためはアラフォー気持ちは新卒(名探偵コナン風に)の新入社員 斎藤と、社員との対談コーナーをやってみたいと思います!
斎藤:トップバッターは、福島営業所の山田忠宣所長です👏山田所長は、今年で入社49年目になります。
約半世紀という年月を、金堀重機の社員として過ごされてきたのですね。純粋に、すごいことだと思います!49年前といえば、1976年。当時のヒットソングを並べてみますと…
なごり雪/イルカ、時代/中島みゆき、北酒場/細川たかし、ボヘミアン・ラプソディ/クイーン、
シクラメンのかほり/布施昭…などなど。今でも歌い継がれている名曲ぞろいです!
まずはじめに、金堀重機に入社したきっかけを教えてください。
山田所長:㈱金堀から重機部門が㈱金堀重機として独立するときの社員募集に応募したことがきっかけです。
斎藤:㈱金堀重機が㈱金堀から独立したのは、昭和50年と専務からお聞きしました。このサイト内の「わたしたちの歴史」にも書かれていますが、㈱金堀重機が誕生するまでの20年間、いろいろなことがありました。㈱金堀の前身である金堀モーター商会は、昭和30年に、小林材木店の社長、小林平八の妹である愛子さんが、宮澤文雄と結婚したことに始まります。代表は小林平八、仕事はおもに文雄が取り仕切り、戦時中に得たゼロ戦の修理の経験を活かした自動車修理や、オート三輪とルノーの販売代理店として利益を上げていました。
順風満帆にみえた昭和40年、石膏の採掘会社が倒産する打撃にともない、小林材木店が倒産。あおりを受けて金堀モーター商会も倒産してしまいました。そんななか、多額の負債を返済すべく立ち上げたのが㈱金堀でした。金堀モーター商会での自動車修理のノウハウを活かし、自動車修理工場をつづけながら、麻雀荘、食堂などもつくって必死に働いたそうです。自動車修理とあわせて、クレーン車での自動車の引き揚げも行っていました。当時は道が舗装されておらず、夜中に毎日5台もの要請があったようです。
クレーン業が忙しくなってきたところで、コンクリート圧送も始め、あらたに重機部門を立ち上げたというわけです。山田所長はそのときの社員募集を見て応募したのですね!
ほかにも理由があったのでしょうか。
山田所長:21歳で結婚をして、生まれる子どものために共稼ぎをしたくなかったので、22歳で転職しました。
山田所長、めっちゃイケメンじゃないですか!?
お隣は、レジェンド事務員の星さんという方だそうです✨
斎藤:お子さんのために、奥さまには外へ働くことはせず、家にいてほしいという理由があったのですね。今となっては専業主婦は絶滅危惧種のようになっていますが、所長は若くしてご結婚されたので、当時としても男気あふれる決断だなあと思いました。所長の好きな女性のタイプは「おしとやかな人」とお聞きしました。所長のハートを射止めた奥様は、きっと奥ゆかしい方なのでしょうね💓
所長はクレーンオペレーターとしてご活躍されたと伺いました。
往年の印象に残るエピソードがあれば教えてください。
山田所長:手がけた数々の構造物がこの時代に残り、たずさわった件数も数多く、思い出となっています。家族企業みたいに仲良く仕事をしてきました。
斎藤:家族企業ですか、企業理念にもなっていますよね、「金堀ファミリー」。次に、オペレーターとしての醍醐味は何だと思いますか?
山田所長:特殊な機械の運転士として、仕事に従事できるというプライドが持てる。国土のインフラ整備の一員であるという充実感。また、子どもたちのヒーローになれる。
斎藤:プライドをもって仕事ができるというのはすてきなことですよね。子どもたちのヒーローになれる、というのもわかる気がします。今こうして毎日見ていても、クレーンやポンプ車には飽きないかっこよさがありますし、とくに男の子にとって働く車はあこがれですよね。うちの息子も、幼いころ重機が大好きで、目を輝かせて眺めていたなあ…とつぜんですが、すきな食べものはなんですか?
山田所長:基本的に好き嫌いがないけど、海鮮物かなあ。
俳優さんみたいですよね✨
1993年ごろ。金堀重機のCMにご出演されています。
ちなみに左の女の子は専務、所長が抱っこしているのは専務の妹さんです👒
斎藤:海の幸おいしいですよね。わたしもすきです!笑 山田所長、好きな言葉をお聞きしてもいいですか?
山田所長:流水浮木(相手の動きに応じて自在に反応する)
斎藤:かっこいいですね。流水浮木。一刀流の剣技の名です。こちらの剣を抑え込もうとする相手の力を利用して、相手の上太刀をとる。流水浮木は剣道の奥義としても知られています。ものごとに対する柔軟な姿勢、自由自在の心を、流れゆく水にたゆたう流木にたとえています。
何かにこだわるのは、すばらしいことでもありますが、場合によっては視野が狭くなってしまうこともあります。いついかなるときも、力を抜いて初心に帰ることのできる余裕をもって生きていけたらいいなと思います。
流水浮木と似た四字熟語で行雲流水という禅語があって。私がすきな禅語のひとつなのですが、似たような四字熟語を探していて、流水浮木はたまたま目にしたことがあったので知っていました。
ラストの質問になりました。人生の先輩として、金堀重機の後輩たちに伝えたいことをお願いいたします。
山田所長:聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。知ったかぶりで一丁前面してると失敗することになる。背伸びせずに謙虚な気持ちを持て。
斎藤:若いうちの失敗は失敗ではありませんものね。すごく前向きになれるアドバイスだと思います!
専務が金堀重機への入社を決めたのは、
山田所長からのお声がけがあったからなんですって。
山田所長:私は宮澤文雄社長から「この会社は社員たちのものだ!この会社で働いて家族を養っていけ」と教えられてきました。その教えは今も同じです。社員を守ってくれる会社にめぐり合えたことを幸せに思ってほしい。会社を守れば、会社は必ず私たちを守ってくれる、だから、安心して頑張れ!
斎藤:「この会社は社員たちのものだ!この会社で働いて家族を養っていけ」とは、こんなにも社員のことを想う言葉があるでしょうか。宮澤文雄社長も男気あふれる方だったのでしょうね。
~編集を終えて~
インタビューをさせていただく前は、クールな印象の山田所長でしたが、胸に熱い信念を秘めている方、というイメージに変わりました!
山田所長、ありがとうございました!!