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こんにちは。金堀重機の斎藤です♪
最近、インターンシップに参加してくださった学生さん向けに歴史ツアーを担当させていただいています。
今日はツアーにあたって私がたいせつにしていること、学生さんに伝えたいと思っていることについて書いてみようと思います。
花びらは散っても花は散らない
形は滅びても人は死なぬ。
大正・昭和時代に活躍した偉いお坊さん、金子大栄僧侶の言葉です。
肉体はやがて朽ちますが、死後もその人の生きざまや志が語り継がれ、のちの世の人々の心を突き動かすことがあります。
歴史を学ぶにあたって、避けて通れない意識の問題があります。歴史は過去のことですから、どうしても無意識のうちに他人事であるという気持ちが生じてしまうものです。私もかつてはそうでした。高校一年生の夏休み、白虎士中一番隊の悲劇を知るまでは。
これまでにも書いたことがありますが、私は神奈川県横浜市で生まれ育ちました。母の実家が会津若松にあったので、夏休みなど学校が長期休暇のときに会津の祖父母の家で過ごすのが楽しみでした。

甲賀町鶴ヶ城稲荷神社の前で

歴代の城主の変遷
白虎隊のことは祖父が折にふれて鶴ヶ城や武家屋敷、日新館、飯盛山に連れて行ってくれてなんとなく知っていましたが、初めて「自分ごと」として捉えたのは高校一年生のときでした。飯盛山で自刃した士中白虎一番隊の彼らが当時の自分と同じ年代だったということを知り、今までおぼろげだったイメージがはっきりと輪郭を帯びて胸に迫って来ました。同時に、彼らが死を選んだ決断の背景に一体何があったのか、彼らを駆り立てるものは一体何だったのかに興味を持ち、彼らの通っていた会津藩校日新館や当時の上級藩士の家で行われていた教育を知るにつれ、次第に納得し、教育水準の高さや精神性に心惹かれていきました。

新選組奮戦の地、如来堂にて
そこから幕末の会津藩、戊辰戦争、新選組、旧幕府軍遊撃隊などに胸を熱くし、會津愛とともに歴史への興味もどんどん増していきました。数年前には、歴史作家の中村彰彦先生にファンレターをお送りしたことがきっかけで、愛読書に直筆サインを書いていただいたこともあります。今も家宝としてたいせつにとってあります、笑

山本家の菩提寺 大龍寺
先日の歴史ツアーでは、会津戊辰戦争で活躍した女性たち、新島八重(旧姓 山本八重)・新選組三番隊組長 斎藤一の妻 時尾・薙刀を持って奮戦した中野竹子の生き方を紹介し、山本家の菩提寺である大龍寺、斎藤一と時尾が眠る阿弥陀寺、中野竹子が戦った涙橋を訪れ、彼女たちの生き方に思いを馳せました。

彼女たちが生きた時代と、今私たちが生きている時代は違うけれど、いかに死ぬかはいかに生きるかとイコールであるということ。そのことに気が付き、日々新たにこれからの日々を生きていってほしい。
そんな思いで毎回ツアーに関わらせていただいています。これからも創意工夫をしながら、取り組んでいきたいです。